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黄帝は王母に命じて鏡を十二鋳させ、月毎に一ずつ変えて用いた。これがその始まりである。鏡の内は明るく外は暗いので、そこにまるで神明があるようであり、邪魔を辟けることができるかのように思える。鏡を盛んに玩弄するようになるのは、魏の宮中からである。 軒轅内伝 ------------ 大聖堂から出た瞬間、レイホウは朝日のまぶしさに目を細めた。 別にイロリナに対して妙な勘ぐりをする必要も無いだろうし、エンプティならば適当に相手をしておいてくれるだろうとの考えの結果だった。 レイホウはそのままシャキシャキと音を立てる芝生を踏みしめつつ、大聖堂裏の墓地へと向って歩きながら、一年前に出会った少女のことを思い出していた。 プロンテラ革命の指導者の娘として生まれ、そして革命を進めることに命の炎全てを燃やし尽くした、そんな少女だった。 その彼女の眠る墓標の前でレイホウは立ち止まった。 墓の前で短く祈り、目を閉じるとまぶたの裏に当時の情景が今でもありありと思い出されてくる。 轟々と鳴り響き、脳髄まで麻痺させるような群集の放つ大音響、気の狂ったオーケストラのように響きつづける甲高い金属のぶつかり合う音、そして命が爆ぜるような、銃声。 この世の地獄のような場所で戦った日々を思い出すと、少しだけ血が騒ぐ。 目を開き、再びその墓標を見つめる。 革命の成果を見て喜ぶか、それともこの混沌ともいえる世界を見て悲しむか・・・。 レイホウは断ち切るように勢いよく踵をかえし、墓標に背を向け、風を切って歩き出した。 今から行っても問題は無かったが、夜通しで修道院で取調べをしていたということから察して、今頃、住人の連中が疲れ果てて夢の中にいるはずであろうことは容易に予想できた。 だとしたら彼らが起きるであろう夕方に行くのが得策というものだ。 レイホウはコツコツとプロンテラの石畳を鳴らしながら町の中心へと向かって歩く。 丁度、中央広場への門の手前の民家の前に人だかりが出来ているのを見つけて、彼女は好奇心に足を動かされて、近くへと寄ってみた。 ひそひそと聞こえる群集の噂話と、部屋の中から運び出されてきた無残な死体を見て、大体の状況をレイホウは理解した。 プロンテラ帝国兵に抱えられて出てきたのは、首を吊ったと思われる自殺体だった。 しかし、それらの価値は今となっては絶無に等しい。 そして、戦いの無い社会、新たな世界、いわゆる市民社会へと適応できないかつての冒険者達の自殺の増加が近年のプロンテラの悩みの種となっていた。 かつてその権力の象徴とすら言えた砦は、いまやヴァルキリーレルム監獄や、武器庫として使われるのみとなり、魔法は過去の知識となり、剣や弓は不要の鉄となり、再び熔かされて銃や大砲となっている。 そんな中で、特にかつてその権勢を誇ったような、いわゆる「偉大な冒険者達」は時代についていけずに、こうして社会から死という形をもって排除されていった。 あまり気分の良いものではないが、一抹のため息と共に捨て去ってしまえる程度に日常的なものでもある。 レイホウは少しだけ気分が悪そうに眉を寄せて、死体を一瞥してから、その場を後にした。 もっとも最近では、そうした行き場を失った冒険者達の心につけこんで、いろいろと悪さをするような新興宗教も出ているということで、彼女にとっても他人事ではない。 大通りをまっすぐに進み中央広場へとレイホウは歩き始めた。 そんな中央広場に面した巨大な建物をレイホウは見上げた。 レイホウは人の流れに乗って、そのまま、まいにち百貨店へと足を踏み入れた。 大理石の床と、巨大なシャンデリアで飾られた、商店とは思えない豪華なエントランスを抜けると、そこは食品売り場となっている。 航海技術の発展によってもたらされた、様々な珍しい野菜や果物を眺めつつ、レイホウは売り場の奥へと進んでいった。 突き当たりにある階段を上り、二階へと進むと、そこは世界の工芸品のコーナーとなっている。いかに復興し、経済も発展を見せているプロンテラといえども、これらはそれこそ平民の一年分の賃金に匹敵するほどの商品であり、売り場には殆ど人がいない。 レイホウは崑崙地方から運ばれてきたという磁器の前で立ち止まった。 透き通るような白い器に、細密な絵柄が鮮やかに描き出されている。 「レイホウ様。」 突然、背後から柔らかい女性の声で呼びかけられたが、レイホウは振り返ることなく皿へと視線を注いでいる。 「どうした。」 「少々、お伝えしたいことがありまして・・・。大聖堂に入るわけにも参りませんので・・・こうして後をつけさせていただきました。」 「だろうな。お前が尾けているのに気付いてな・・・こうして人気のないところに来た。」 今現在、プロンテラという国においては異端審問という行為自体が既に風化しつつあったが、同時にそれは秩序を乱す無政府主義的とも言える邪教の萌芽を助長する原因にもなっていた。 彼女はそれを重くみて、異端審問はしないまでも、注意の必要そうな宗教組織には大聖堂から刺客を送り込むことを励行している。 背後にいる女は、そんな組織へと出向いている彼女の腹心の一人だった。 「お心遣い痛み入ります。」 少し低く、落ち着いた、ふわりと、柔らかい布地が宙を舞うような、たおやかな声で女は礼を言った。 「で、何用だ。」 「実は・・・例の組織なのですが・・・。フェリクス司教の死を預言しておりました。」 「なん・・・だと?」 レイホウは振り向きたい衝動をなんとか押さえ込んで、小声で聞き返した。 「ですが・・・彼らが殺したというようなそぶりは何も無いのです。」 「バカな。まさか本当に未来を予測したとでも言うのか。」 「で、ですが。」 レイホウは驚きと怒りで震える呼吸を、なんとかなだめつつ大きく息を吸い込んだが、店の空気は陶器の保護のためか乾燥していて、刺々しく喉へと突き刺さり余計に不快だった。 「わかった。お前は引き続き調査を続けろ。それから、連中から目を離すな。」 「かしこまりました。では・・・失礼いたします。」 足音が遠ざかっていくのを確認してから、レイホウは後ろを振り返った。 レイホウは店内を軽く歩き回ってから、再び一階へと降り、プロンテラの雑踏へと踏み出した。 噴水の前で立ち止まり、さきほどの女の言葉を思い出す。 だとすると、彼らは少なからずフェリクスの殺害に関わっているのかもしれない。レイホウの中で、外部犯行という可能性が一層大きくふくらんできた。 確かに、そう解釈するならば、自分を殴り倒して気絶させたのも、犯行を行いやすくするため・・・と、一応の理由もつくと考えたが、調子よく進む思考もある一点で頓挫してしまう。 それはやはり、フェリクスの死亡時期の問題である。 直前までレイホウのいた部屋に死体が発生するという、奇怪極まる状況を実現する方法が彼女には思いつけなかった。 そもそも、死体をそこへ持っていく方法があったとしても、最大の難関は死体・・・もしくは拘束した状態のフェリクスをどのようにして運搬するのかという問題である。 思考はグルグルと頭の中を走り回り、そしてその死亡時期の袋小路に迷い込んで停止する。 「ダメだ・・・八方塞か。」 諦めて何も考えずに店を出て、レイホウは天を仰ぎ見た。 相変わらずの賑わいを見せている広場を歩いていると、その一角で妙な熱気に包まれた人間達が群がっていた。 右だ左だ真中だの口々に叫びながら、金を渡したり受け取ったりと・・・なかなかに忙しい。 最近プロンテラで増えている路上での賭博だ。 特に取り締まっているわけでもなく、小金を手に入れ、貨幣経済に組み込まれた小市民が楽しむのには最適の娯楽とも言える。 レイホウも賭けずにしばらくコインの動きを目で追っていたが・・・一度として当たりはしなかった。 元来あるべき場所にコインが無いということが群集をどんどん熱狂させて、おかしい、次こそ・・・次こそという無限のループに陥らせていく。 そういえば、昔、古く青い箱などというものもあったな・・・と身を滅ぼしていく人間を見てレイホウは苦笑した。 自分もよく、いくつも開けては一喜一憂していたものだ。 それを開けずに売るのが一番正しいと思いつつも、実行に移せるほどに夢を失うまでには、多大な損失と時間を要したことは言うまでも無い。 いいかげん暑苦しくなってきて、レイホウはその集団からなんとか抜け出した。 あるはずの無い場所に・・・コインがあり、あるはずの場所に無い・・・。 ふと、今回の事件を思い出してレイホウはため息をついた。 自分はあまりに当事者過ぎたのかもしれない。 そして、今一度、今度は傍観者として冷静に見てみようと決意を新たにする。 彼女は大聖堂に戻って執務をこなしてから・・・夕方に修道院に行くために準備を進めることにした。 --- 夕日に照らされて修道院の片面は血のようにそまり、もう片面は影によって地獄のように闇に染まっていた。 レイホウはあたりの調査をしているプロンテラ帝国兵と大聖堂の人間を横目に見つつ、堂々と我が家に帰るかのように修道院の扉をくぐった。 一階の礼拝堂では地面やら壁やらを調べている兵士が何人かいて、妙に横柄な態度の男がそれを指揮している。 マルコも、トゥリビオ司教補もおらず、まだ来るのが早かったかと後悔していると、二階から階段を鳴らして見覚えのある顔の少女が降りてきた。 プリーストの服に身を包んだ、どこか陰のある少女、エウフラジアだった。 もっとも、陰気に見えるのは育ての親が死んだばかりなのだから当然といえば当然でもある。 「おや。起きてきたか・・・。調子はどうだ?」 彼女の問いに答えたエウフラジアの表情はお陰さまで絶不調ですとでも言いたげな不機嫌さを持っている。 レイホウはそれを見抜いて、くだらない社交辞令よりもとっとと核心の話をすべきと判断した。 「解らぬ・・・さっぱりわからぬ。どうしてあんな犯行ができたのか・・・。」 何か意見を言ってくれることを期待してレイホウは独り言じみた言葉を吐いたが、当のエウフラジアはただ一言「そうですね・・・。」と、そっけなく答えただけだった。 「おや、お嬢ちゃん。お嬢ちゃん、ここの人だったんか」 さきほどの、横柄な態度の男がエウフラジアを見つけて近寄ってきた。 「貴様・・・こいつの知り合いか?」 聖職者の女性の肩に手を回すというその男の行為に腹を立てて、レイホウはわざと威圧するような声を出して問い掛け、さらに睨みつける。 「おっと、これは失礼。まぁ、そのようなものです。」 当のエウフラジアは全くわからないといった表情で男の顔を見上げ、なんとかその顔を思い出そうとしているように見えた。 「この間はよかったぜ。また頼むってみんな言っている。 エウフラジアは頭二つほど背の高いその男を見上げて首をかしげた。 「おっと、そうだな。ここではそのほうが良いのかな・・・。」 軽薄に答える男にレイホウはいいかげん怒りが込み上げてきて、さらに強い語調で
と、大根役者のセリフのように抑揚の無い声で言った。 レイホウは無言でうなづいて拳を握り締めた。 「やっぱり・・・私、軍人の方に知り合いはいませんから」 横から、控えめな声でエウフラジアが言った。 「うんうん。そうだろうな。人違いだ。すまなかったな。」 もう、腹を立てるのも馬鹿らしいと思って、レイホウは事件のことを思案していた。 「おやおや、昼も夜も問わずにご苦労なことですな・・・。」 突然、気配も感じさせずに横に来て声をかけたのは、枯れ枝のような手足をした小柄な老人だった。 「貴様・・・何者だ?」 「はっはっは。ジゲムントじゃよ、ジゲムント。ここの居候になっとるものじゃ。」 昨日の犯行当時にはいなかったが、夜になって戻ってきた老人がいたという報告をレイホウは思い出した。 だが、一見してこの老人は・・・人殺しなんかをした日には、心臓麻痺でも起こして死んでしまうのではないかというくらいに衰えて見えた。 前日の状況などについて老人と話をしてみたものの、あまり役に立ちそうな明確な情報は得られず、レイホウはこのジゲムントから話を聞くのを諦め、エウフラジアに命じて修道院の一室を居室として借り受けることにした。 事件が解決するまではここで、全てを見届けてやろうという決意の現れだった。 一応、この状況でも大司教である彼女は客人としては扱ってもらえるようで、エウフラジアはレイホウを部屋まで案内すると、夕食の準備ができたら呼びに来ると言って去っていった。 簡素なベッドと机だけのある板張りの部屋で、レイホウは倒れこむようにベッドに寝転んだが、いつもよりも圧倒的に硬度が高いベッドだったせいで、かなりの衝撃が体に伝わって来て顔をしかめた。 ベッドの上であお向けになって天井を眺めながら、事件のことを頭の中で整理していた。 今朝聞いた刺客からの報告の言葉が頭によみがえってくる。 それらの目に見えないつながりの糸が、ごちゃごちゃと足元で絡まって、事件はどんどんと不明瞭になっているように思われた。 いっこうに解けない糸を、頭の中でいじくっていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。 「入りますよ?」 落ち着いた、優しい声と共にドアを開けて、黒髪の女性が部屋に入ってくる。 「フォルミス!?どうしてここに!」 「大聖堂にうかがったら、こちらにいると言うので・・・」 「だから来たのか?」 「はい、興味があります」 「驚いた・・・わざわざ来るとはな」 「だって、これほど不思議なことって無いと思いません?あるはずの場所にあるべきものが無いなんて 「はは・・・お前らしいな」 「それから、お夕食の用意ができたようですよ」 階段を下り二人が食堂に入った時には、マルコとジゲムントも既に席に着いていた。 「ふぉっふぉっふぉ、人が死んでおってこんなことを言うのもなんじゃが、急に華が増えたのう」 ジゲムントが席に着いた二人とエウフラジアを見て笑った。 食堂の外ではまだ何人かの男達が忙しく犯人の痕跡を探そうと動き回っているというのに、ここだけには場違いな日常があるかのように思われた。 「そういえばエウフラジア・・・トゥリビオ司教補はどうした?」 「トゥリビオ様は・・・気分がすぐれないとのことなので・・・さきほど、食事を部屋まで持っていきました」 軽い口調でマルコが言った。 「さ、いただきましょう・・・」 レイホウは機会があったらエウフラジアを大聖堂の料理番にしたいと思ったが、そんなことを言い出せば、健康のために食事がいかに大切か、ボルツマンが長々と話をするのは明白だ。 その話を我慢して聞くのと、エウフラジアを獲得するのを天秤にかけると・・・僅差でエウフラジアが負ける。 誰もがフェリクスの殺害事件をさけて話題を進めたため、食事の序盤から中盤戦は他愛ない世間話に終始した。 ほぼ8割がたを食べ終えたあたりで、頃合を見計らってフォルミスが切り出した。 流石にエウフラジアは顔をしかめた。 「ワシも興味がある・・・詳しい話を聞かせてくれぬか?」 「俺もジゲムント爺さんと同意見だ。不思議で仕方ありませんよ。」 何がどう完璧なのかは彼女自身でも良く解らない。 レイホウは水を一口飲んでからゆっくりと言葉を選んで話し始めた。 私はブラブラと左の階段の方へと歩いていったのだが・・・そこでマルコと会って軽く話をした・・・その直後だな。完全に油断しておった・・・背後から何者かに殴られて意識を失い、気が付くと告解室の中におった・・・。」 「そこで俺が発見たんですよ・・・告解室から物音がしたので、誰かが相談に来ているのかと思って、神父側の部屋に入ったんだけど・・・なんかうめき声が聞こえるんで急いで逆側に行ったら、ドアを開けたあたりでレイホウ様が倒れてて・・・そりゃもう驚きましたよ」 「お前には感謝している」 「こりゃどうも・・・それで慌てて二階に運んでベッドに寝かせて・・・大変でしたよ」 「そして・・・その後・・・ですね」と、フォルミスが話のバトンを受け取って話し始める。 そうしたら・・・部屋の中に惨殺されたフェリクス司教の遺体があり・・・壁には血文字で「審判」の文字がかかれていました。」 フォルミスは話を終えると、ひと時の沈黙が部屋に訪れた。 最初に口を開いたのはジゲムントだった。 「つまり・・・アレか?ワシが一番怪しいわけじゃな、わっはっは。」 ジゲムントは苦笑しながらため息をついた。 「だが・・・犯人ではないだろうな・・・犯人だったら、誰も修道院に入っていないなどと私には言わんだろう? 「なるほど、確かにそうじゃな。それを見越して言っておらねばその通りじゃ」 「まったく、爺さんふざけすぎだぜ・・・エウフラジアの事も考えろよ!」 「落ち着かんか!マルコも・・・エウフラジアも爺さんも・・・そんなことで揉めても仕方ないだろう。 「フォルミスはどう思う?」 その場にいた全員が聞き返した。 「ふむふむ、お前さんも優しい子じゃな。」 「ふふ、ありがとうございます。 気合ですっ!といいながら、グっとガッツポーズをとったフォルミスの姿を見て、残虐なシーンを語る割には随分とズレたそのアクションに皆が苦笑した。 もっとも、そんな心象を与えて場を和ませることまで計算した上での行動というのも彼女の場合は考えられるのだが・・・。 「でもフェリクス司教の自殺説はあまりにも・・・なんていうか滑稽ですね。目的も何もかもわかりません。お父様は自殺するような方ではありませんわよね?エウフラジアさん。」 「あ、はい・・・特に何かに悩んでいるという事も無かったと思いますし・・・」 「本当に不思議な事件・・・どこかで時間が摩り替わってしまったような・・・まるで枕返しにでもあったかのような錯覚を覚えます。」 「枕返し?なんだそれは。」 「お化けの一種です・・・もともとは、オシラサマっていう寝てる人の枕をひっくり返したり脅かしたりする、アマツの家神様が起源のようなのですが・・。 「なるほどな・・・確かにそんなちぐはぐな感じのある事件ではある。」 レイホウは腕組みして目を閉じて頷いた。 「変な神様がいるんですね・・・アマツって。」 「トイレの神様・・・凄い国だな、俺もいってみたいな。」 そんなマルコたちのやり取りを見つつ、レイホウは席を立ち上がった。 結局、その日の夕食は既存の情報を並べなおすだけにとどまってしまった。 食器を片付けて、各々の部屋に戻るともうすっかり夜となっており、窓の外には夜もまだ調査を続けている連中のともした、かがり火がぼんやりと赤く浮き上がっていた。 レイホウもベッドの上に横になり、今日一日を振り返りながら目を瞑った。 昨日の今日ではまだ、事件の疲労も抜けきっていないらしく、気が付けばベッドの上ですっかり熟睡してしまっていた。
--- 夜半から降り出した大雨に追い立てられて、調査隊は全員がプロンテラの町へと撤収していってしまっていた。 そうして彼らが撤収していったのには、わけがあった。 場所が修道院だけに、管轄はどちらかといえば、聖騎士団がわにあり、折からの雨もあって、気力も体力もすっかり削られてしまった帝国軍の人間達は、その圧力を丁度いい言い訳に、雨から逃げていった形となった。 修道院は一日ぶりに静けさを取り戻し、静かな眠りについていた。 深夜、皆が静まっている中で、激しい雨音に鼓膜を揺さぶられて、フォルミスはベッドから起き上がった。 本来なら靴を履くべきなのだろうが、室内でも靴を履くという習慣は故郷にはなく、未だに少し抵抗があった。 アマツから持ってきた、夜着に使っている襦袢の上から、普段から愛用している外套を肩にはおり、かなり奇怪なスタイルでフォルミスは廊下へと出た。 深夜の不思議と静まり返った大聖堂の中に自分の足音が響く。 「う・・・ぅぅ・・・くっ」 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」 ふと、耳を澄ますと、一階から苦しそうなうめき声と、荒い息遣いが聞こえてくる。 礼拝堂の祭壇の上・・・そこで、黒い影が二つ、うごめいていた。 荒天のせいで月光すらない状況下で、その姿は確認できない。 目を凝らして、それを見ていたとき、背後から雷の激しい光が差し込んできて、その二人を照らし出した。 死人の表情で、もがきながら泡を吹いているエウフラジアと、必死の形相で両手でその首を締め上げているトゥリビオ司教補だった。 抑えきれなくなった感情の声が、フォルミスの口をついて溢れ出した。 「しまった!」 トゥリビオはすぐさま首を締めていた手を放し、フォルミスとは逆方向へ逃げ出そうとしたが、すぐ近くにいた何者かにぶつかり、トゥリビオは顔面から派手に転倒した。 「くっ・・・・・・誰だ!?」 「・・・あは・・・あははは、お久しぶり、トゥリビオさん・・・うふふふふ、今日はどこへいくの〜?またレオさんのところぉ?アレちょ〜だい」 聞き覚えのある声だった。 フォルミスが震える手で指差した。 さらに、そのすぐ脇に座り、死んだような瞳孔の開いた目で、ふらふらと定まらない視線を空中におよがせ、理解不能な妄言や、狂ったような笑い声を上げている・・・これもまた、エウフラジアだった。 「エウフラジアさんが・・・」 「二人だと!?」 「お・・・お前は・・・お前は・・・」 「エウフラジア!お前は・・・お前は・・・!なぜだ!なぜなんだ!・・・そんなはずはない・・・」 「あはっきゃはははっ!おじさんこわーい!もう、最近ずーっと出れなくて寂しかったよぉ〜あはははは〜〜〜〜」 狂ったように笑うエウフラジアから手を放し、トゥリビオはそのまま前のめりに床に倒れこんだ。 「私は・・・私は何て事をしてしまったんだ!おしまいだ・・・もうおしまいだ!!!うわぁぁ〜〜〜〜あは・・・あははは・・・フェリクス・・・私もヤキが回ったよ・・・ふは・・・ふははははは!イヒヒヒヒヒヒ!」 「きゃははははは!パパはまだ〜〜〜?キャハハハハハ!お外いこうよ〜遊ぼうよ〜きひゃはははは!」 ランプに煌々と照らし出された礼拝堂の中で、二人の狂人のたがが外れた笑い声の大合唱が響き渡っていた。 そのすぐ横には・・・目の前で笑っている狂人と同じ姿かたちの少女の死体。 「枕返し・・・枕返しにあったんだ・・・」 フォルミスは現実離れした光景を目の前にして、呆然とつぶやいた。 続く |